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「形骸化」との戦い PDF 印刷 Eメール
作者: The Lion King   
2009年 7月 14日(火曜日) 17:22
中国の魏・西晋(せいしん)時代、「竹林の七賢」の一人・阮籍(げんせき)は、髪をボサボサにし、だらしなく衣服を着ていた。当時の儒教社会にあって、ひときわ”非常識”な格好であった。
この阮籍の社会規範を逸脱した言動は、儒教が形骸化し、権力者・偽善者の「徳」を飾る道具となっていたことへの反抗手段であった。
この阮籍を手本にした若者も現れたが、阮籍が”一生を薄氷を踏むような思いでいる。私の気持ちを一体誰が知っているのだろう”と嘆いたように、阮籍の格好だけをまねたにすぎなかった。
習慣を無視した若者たちの行動はエスカレート。礼儀を乱し、汚い言葉で互いを罵(ののし)った。そして、礼儀を重んずる者を「田舎者」と誹(そし)った。
御書に「西晋の王である司馬氏(しばし)の滅亡する相」(御書25ページ、通解)とあるとおり、儒教の精神も形式も失った西晋は、阮籍の死後約50年で滅んだのである。
伝統や文化の形骸化と戦い、本来の精神を復興させることが、どれほどの難事であるか──。
大聖人の御生涯も、形骸化した仏教との闘争の連続であられた。
当時の天台宗は「わが師・伝教大師は、真言宗と法華宗の勝劣については、くわしく勉強しておられなかった」(同280ページ、趣意)と師匠を見下し、空海の真言密教を取り入れた。
大聖人は形もなくなった名ばかりの天台宗の座主・慈覚(じかく)と智証(ちしょう)を「天台座主すでに真言の座主」(同308ページ)と喝破されている。
現代も然り。形式的な葬儀や法要を商売道具にしている邪教・日顕宗がその代表である。
信徒を金づるとしか見ないエセ法主。上がそうだから末寺も「坊主が拝まないと成仏しない」などと脅して信徒から供養を搾り取る。
仏法の慈悲の精神はおろか形式さえも破壊した日顕宗は、地獄への坂を転げ落ちている。
日蓮仏法の精神を蘇らせた学会の勝利は、世界に燦然と輝いている。
<聖教新聞-「明鏡」(文・正)2009.07.13 より>
 

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