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Home 名字の言 〝校舎なき学校〟
〝校舎なき学校〟 印刷 Eメール
作者: The Lion King   
2009年 11月 04日(水曜日) 16:05
米沢藩主・上杉鷹山(ようざん)の師匠でもあった江戸時代の儒学者・細井平洲(へいしゅう)は、私塾・嚶鳴館(おうめいかん)を開き、多くの人材を世に輩出した教育者でもあった▼入門に当たっては、武士だけでなく、広く庶民にも門戸を開いた。教育の機会をすべての人々に開放した平洲は、「教学の道はまづ良師を求め、良友を撰(えら)み申す事」(『嚶鳴館遺草(いそう)』)と述べている。身分の違いを超えて互いに高め合う友が、同じ師匠のひざ元に学ぶ。これが、平洲の理想とした教育の在り方だった ▼人は教育によって人となる。日蓮大聖人は、「人に眼や耳が備わっていても、物を教える師匠がいなければ、それはなにもならない」(御書1248ページ、趣意)と仰せである。平洲がそうであったように、人間を人間たらしめる教育の根幹は、優れた師匠の存在と言えよう▼学会はまさに〝校舎なき学校〟だ。池田名誉会長の指導のもと、皆で人生の目的や仏法哲学を学ぶ。お互いに切磋琢磨し、人格を磨く。そこでは、年齢や社会的立場の違いなどは、まったく関係ない▼「嚶鳴」とは元来、中国最古の詩集「詩経」に出てくる言葉。鳥が仲間を求めて鳴き交う意味だ。私たちも宝の同志と励ましの声を掛け合いながら、共々に崇高な師弟の道を前進したい。(弘)
聖教新聞 2009-11-04 より
 

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