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Home 名字の言 疾風あればこそ堂々と
疾風あればこそ堂々と 印刷 Eメール
作者: The Lion King   
2009年 10月 24日(土曜日) 16:52
「疾風に勁草(けいそう)を知る」とは中国・後漢王朝の初代皇帝、劉秀(りゅうしゅう)の言葉である。苦戦苦闘の連続にあって臣下は続々と離反していく。わずかに残った忠臣を顧(かえり)みて彼は言う。“困難に直面してこそ人間の真価は輝くものだな”▼池田名誉会長を得た戸田第2代会長の心情も同様ではなかったか。事業の破綻。進まぬ弘教拡大。吹き募る中傷の嵐・・・。幾度となく報恩を誓った者すら逃げた。悪罵(あくば)を投げつけて去った者もいた。阿修羅の如く、師子王の如く、吼え、叫び、走り、師の構想を現実のものとして地上に打ち立てたのは、ただ一人の勇者のみであった ▼人間の真贋(しんがん)を見定める基準とは何か。いかに毀誉褒貶(きよほうへん)の風が吹こうと、決して旗色を変えない。そうした人間か否かである。「建設は死闘」の80年。幾百万の無名の庶民が、真実の人生の道とは何かを知り、立ち上がってきたのが創価学会の歴史である▼劉秀の呼びかけは、沸き立つような歓喜と共に放たれた言葉ではなかったか。苦難を共にしたからこそ、大志を共に語るに足る。大事を共に成し遂げることができる。何という喜びか、と▼御書に「賢者はよろこび愚者は退く」(1091ページ)と。疾風あればこそ堂々と。強風吹けばこそ強く。学会は恐れなき勇者の連帯である。(定)
聖教新聞 2009-10-24 より
 

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