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第18回 不退転の信心 PDF 印刷 Eメール
作者: The Lion King   
2009年 7月 24日(金曜日) 09:00
勝負は一歩も退くな

御聖訓

日蓮其の身にあひあたりて

大兵を・をこして二十余年なり

日蓮一度もしりぞく心なし

(辨殿尼御前御書、1224ページ)

 

女性門下の師弟不二の心を御賞讃

「一歩も退くな! 広宣流布の前途を勝ち開け!」
恩師・戸田城聖先生の遺言であります。
信心とは、断じて貫き通すことです。御本尊に祈り抜き、「法華経の兵法」で戦い切っていくならば、勝ち越えられない試練などない。そこに必ず、無上の幸福境涯が開かれていくことは、御書に照らして絶対に間違いありません。
今回は、不退転の信心を強調された「辨殿尼御前(べんどのあまごぜん)御書」の御聖訓を拝読します。
「日蓮其(そ)の身にあひあたりて大兵(たいへい)を・をこして二十余年なり、日蓮一度もしりぞく心なし」(御書1224ページ)
この御書は、辨殿(大聖人門下の弁阿闍梨日昭(べんあじゃりにっしょう))と、その縁者である尼御前に送られた御手紙です。
本抄を記されたのは、佐渡流罪中の文永十年(一二七三年)九月十九日のことです。
絶海の佐渡での御生活は、窮乏(きゅうぼう)を極め、常に死と隣り合わせの状況であられました。
その大聖人の御身を案じ、尼御前は鎌倉から佐渡まで、自分が頼みとしている使用人を遣わして、お側で仕えさせるなど、不二の心で赤誠(せきせい)を尽くしたのです。
大聖人は、こうした尼御前の真心に最大に感謝され、賞讃されています。

国土を変革する戦

御文では、大聖人が「法華経の行者」の身として、仏法正義の「大兵」を起こしてから、二十余年を経たと仰せです。
この「二十余年」とは、建長五年(一二五三年)四月二十八日の立宗から、本抄御執筆の時期までを指します。立宗の日より、ただの一度たりとも退く心なく、戦い抜いてこられたと師子吼なされているのです。
「一度もしりぞく心なし」! ──これほど誇り高き魂の勝利宣言があるでしょうか。信心の真髄である「生涯、絶対不退転」の精神を教えてくださった御金言であります。
それでは、「大兵を・をこして」とは、どのような大闘争であられたのか。
この御文の直前には「第六天の魔王・十軍のいくさを・をこして・法華経の行者と生死海(しょうじかい)の海中にして同居穢土(どうこえど)を・とられじ・うばはんと・あらそう」(同ページ)と記されております。
第六天の魔王が十種の魔軍を率いて戦を起こしてくる。そして、法華経の行者と、この娑婆世界を取られまい、奪おうと、あい争うことを、喝破されているのです。「生死海の海中」とは、生老病死の苦悩が荒れ狂う、この現実世界を譬えた表現であります。
それは、末法の衆生が実際に暮らしているこの国土を、穢土から浄土へ変革できるかどうかの法戦です。
まさに広宣流布とは、仏が陣地を取るか、魔に奪われるかという熾烈(しれつ)な死闘なのです。
「十軍」とは、さまざまな煩悩を、魔軍として十種類に分けたものです。
「大智度論(だいちどろん)」には──
①欲②憂愁(うしゅう)(憂えること)③飢渇(きかつ)(飢えと渇き)④渇愛(かつあい)(五欲に愛着すること)⑤睡眠⑥怖畏(ふい)(怖れること)⑦ 疑悔(ぎけ)(疑いや悔い)⑧瞋恚(しんに)(怒り)⑨利養虚称(りようこしょう)(財を貪り、虚妄の名聞に執着すること)⑩自高蔑人(じこうべつにん)(自ら傲(おご)り高ぶり、人を卑(いや)しむこと)──という十の魔軍が挙げられています。
衆生が住む世界を支配しようとする第六天の魔王が、これら「十軍」を従えて、あらゆる手を使い、法華経の行者を圧迫し、蝕(むしば)もうとするのです。
この「十軍」に対して大兵を起こすとは、まず、自分自身の「己心の魔」との真剣勝負であります。

「信の一字」で勝て

そして、胸中の魔性に打ち勝つ要諦とは、第一に「不退転の信心」であると、大聖人は教えてくださっているのであります。
何があろうと、わが信仰の戦闘を続行しゆく「不退の人」こそが「勝利の人」です。
牧口先生は叱咤(しった)なされた。
「大聖人は『大悪をこれば大善きたる』『各各なにをかなげかせ給うべき』と仰せである。
どんな時、どんな場合でも、それをバネとして、大きく転換していけ!」
少しも嘆かない。前へ前へ進む信心こそ、「大悪」を打ち破り、「大善」に転じ切っていく力です。
「進まざるは退転」である。もう一歩、あと一歩と忍耐強く攻め抜く。勝利をつかむ最後の一瞬まで前進をやめない。この心が大切なのです。この一念が勝敗を決するのです。
第二の要諦は「挑戦の心」です。「大兵」を起こすとは、第六天の魔王という、大宇宙に瀰漫(びまん)する根源的な魔性に対する断固たる挑戦だからであります。
第六天の魔王の正体とは、「元品の無明」(=根源的な無知)です。
政治も経済も、教育も文化も、さらに国際社会全体も、この見えざる生命の魔性を打破していかなければ、民衆の真の幸福を確立することはできない。
大聖人の御在世当時がそうであったように、末法がさらに進んだ現代においては、創価学会の躍進に対し、あらゆる誹謗・中傷が浴びせられてきました。
それは、元品の無明に心を囚(とら)われ、怨嫉(おんしつ)の炎に焼け焦げた姿にほかなりません。
こうした生命次元の「戦」に厳然と勝つ力が信心です。
大聖人は、「元品の無明を対治する利剣は信の一宇なり」(御書751ページ)と仰せです。
「信の一字」の利剣で、生命の元品の無明を断ち切るのが、我らの折伏行です。社会の精神土壌を根底から変革し、民衆が喜び栄える仏国土を築きゆく運動が、広宣流布なのです。

永遠の信念と正義

魔というものは、皆を悩ませ困らせる働きをいう。だから戦わなければいけない。いかなる作戦も、その根本は強盛なる祈りです。敵が「魔」だから、「仏」に祈る。それで断ち切っていけるのです。
戸田先生は叫ばれました。
「さあ来い! 魔などに負けてたまるものか! この覚悟で向かった時は、魔は退散するのです」「命がけで戦っている人を、仏様がいつまでも悩ませておくわけがない」
臆病では、功徳は出ません。
「戦う!」「挑む!」「断じて勝ってみせる!」──この強靭な一念に、絶対の幸福境涯が必ず開かれていくことを確信していただきたい。
題目は、そして信心は最強無敵の「利剣」であります。
「十魔軍」と言っても、信心の利剣で打ち破れないはずがない。すごい妙法なのです。
戸田先生は語られました。
「大聖人は、流罪にされようが、何をされようが、大切な民衆を救うために戦い抜かれた。だからこそ偉大であられるのです。迫害のなか、全人民を救うために一歩も退かずに戦い続けられた。この大精神を忘れてはいけない」と。
何があろうと、毅然(きぜん)と広宣流布へ「前進し続ける」ことができれば、その人はもう勝っている。生命の勝利者なのです。
広宣流布のために行動すれば自分が得をする。やらなければ自分が損をする。これが信心であり、仏法であります。
「日蓮と同意」(御書1360ページ)で広布へ邁進しゆく人は、未来の勝利の因を、わが生命に積んでいるのです。三世にわたる大功徳を積むための今日の活動です。今世の修行です。
正義の人に、敗北はない!
勇気の人に、不幸はない!
皆様は、何の報酬も求めず、人々に正しい幸福の道を示し、最高の立正安国の哲学を実践されている。「永遠の信念」と「究極の正義」に生きておられる。これほど尊い使命と栄光の人生はありません。皆様こそ真の菩薩であり、真の仏です。

逆境の時にわかる

中途半端では悔いが残るだけです。戸田先生は、よく言われました。「戦いとは、最後に『本当に楽しかった』と言えるまでやるのだ」と。
「私は、やるだけやり切った!」──それが、永遠の「所願満足」につながります。
「所願満足」とは「不惜身命」と表裏一体です。
大師匠であられる大聖人は、不退の御決意で戦われました。しかし、大聖人が大難を受けられると、多くの忘恩の弟子が卑怯にも退転してしまった。
本抄にも「弟子等・檀那等の中に臆病のもの大体或はをち或は退転の心あり」(御書1224ページ)とまで厳しく仰せられています。
その中で、この尼御前は地道に辛抱強く信仰を貫き通しました。大聖人は「尼御前が、経文に通じてもいない身でありながら、今まで退かなかったことは、申し上げようもないほど嬉しい」(同ページ、通解)とねぎらわれ、讃嘆なされています。
そして、尼御前が佐渡の大聖人に尽くした真心についても、「必ずや、釈迦・多宝・十方分身の諸仏も御存じのことでしょう」(同ページ、通解)と感謝されているのです。
いざという時に強いのは、女性です。逆境の時に、人間の真価がわかる。師匠が大難に遭われた時にこそ、弟子の真実の心がわかるものです。

本物の弟子として

昭和五十四年(一九七九年)の三月、私の妻は東京・練馬区の座談会にうかがいました。参加した方々から記念にと求められて、妻は色紙に認めました。
「不退転
七つの鐘 総仕上げの年」
以来、三十年──。大東京をはじめ全国の婦人部の皆様方は、まさしく「不退転の信心」で戦い歩んでくださいました。
今日の創価の栄光は、わが婦人部の栄光であります。皆様の幸福と勝利を、私も妻も、日々真剣に祈り抜いております。
「不撓不屈(ふとうふくつ)の精神をかたむければ、何でも楽しい」(蓮実重彦訳)とは、十九世紀フランスの作家フロオベールの言葉です。
師も不退! 弟子も不退!
師も前進! 弟子も前進!
これが師弟不二の実像です。
この不二の闘争があるところ、三世十方の仏菩薩、諸天善神が、動きに動き、護りに護ります。冥の照覧は絶対です。
戸田先生は願われました。
「よき広宣流布の闘士として、末代にまで、自己の名を歴史に残していただきたい」
昭和二十五年(一九五〇年)の六月三日。二十二歳の私は、「辨殿尼御前御書」の御聖訓を日記に記し、こう綴りました。
「青年よ、快活であれ。青年よ、理想に、厳粛に進め」
「先生、見ていて下さい。きっとやります」
この決意のままに、私は走り通してきました。本物の師匠に、私は本物の弟子としてお仕えし抜いた。広宣流布のご構想を実現するため、執念、また執念で全魂を尽くしました。
昭和三十一年(一九五六年)の「大阪の戦い」では、私は関西の同志とともに、一万一千百十一世帯の弘教という不滅の金字塔を打ち立てました。
「勇戦」の二字を墨痕(ぼっこん)に託し、友を鼓舞したこともあります。戦後の日本社会の闇を照らしゆく目覚めた民衆の潮流を、私は巻き起こしていったのであります。
あの「夕張炭労事件」に続いて、「大阪事件」が勃発したのは、翌三十二年の七月です。
御聖訓通り、三類の強敵との闘争なくして、広宣流布はない。正義の民衆が勝たずして、日本の民主主義の真の夜明けもない。これが、戸田先生から平和勢力の確立を託された私の覚悟でした。

勇戦が7月3日の魂

悪を抑えてこそ!

一切の艱難(かんなん)よ、わが身に来い。戸田先生には、指一本たりとも触れさせてなるものか! 私はこの一念で、わが胸中から「大兵」を起こしました。不二の誉れの直弟子として、「しりぞく心」なく、獄中闘争に臨んだのです。
七月三日に入獄。奇(く)しくも、十二年前の戸田先生の出獄と同じ日、同じ時刻でありました。
そして、二週間後の七月十七日に出獄。私は、中之島公会堂の大阪大会で宣言しました。
「最後は、信心しきったものが、また、正しい仏法が、必ず勝つという信念でやろうではありませんか!」
今もまったく変わらず、私は燃え上がる「必勝」の情熱で、世界広布の指揮を執り続けております。断固たる勇戦! これが師弟の七月の魂であります。
御聖訓には、「悪を滅するを功と云い善を生ずるを徳と云うなり」(御書762ページ)と仰せです。悪を滅して善を生じる、その戦いに大功徳があるのです。
悪を抑えなければ、善は伸びない。邪悪と戦わなければ、功徳も成仏もありません。
「学会は『日本の潮』」──かつて戸田先生は、こう題して講演されました。
「この創価学会の潮を、全東洋に流し、地上に楽土をつくらんとするのが我らの理想であります」
恩師の烈々たる大音声が轟いてから五十余年──。
初代・牧口先生、二代・戸田先生が起こされた妙法流布の「大兵」を受け継いで、私は、尊き仏の陣列を世界百九十二力国・地域へと拡大しました。
今日、創価学会は「世界の大潮流」と広がっております。我らの世界広宣流布は、いよいよこれからが本番であります。

「創価の青年に 世界の未来が」識者

人類を勇気づける

インド独立の父マハトマ・ガンジーの直系の大哲学者であるラダクリシュナン博士は、語ってくださいました。
「師の心を心として行動する一人の弟子の峻厳な態度と、揺るぎない師への思い。
あらゆる機会に、その前進を阻もうと容赦なく押し寄せてくる想像を絶する困難を、悠々と乗り越えゆく創価の師弟──。
その姿は、人類を最高に勇気づける振る舞いとして、歴史に残っていくでしょう」
「今、全世界に幾百万の戦う創価の青年の連帯が築かれています。皆、偉大なる非暴力の闘士です。ゆえに私は、今後の世界の動向は、ひとえに、この目覚めた献身的なSGIの青年の躍進にかかっていると確信してやみません」
世界の命運は創価の青年にあり! 創価は世界の希望なり!
この大確信で、「しりぞく心」なく、前進また前進、勝利また勝利の歴史を綴ろうではありませんか!

勝ちにけり
また勝ちにけり
学会は
君らの戦闘
君らの勇気で

(聖教新聞 2009.07.02より)
最終更新 2009年 8月 18日(火曜日) 11:56
 

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